奈良街道 暗峠

小さな旅
<芭蕉の最後の峠越えとなった「暗峠」>

photo by S.Nozaki

観光地化した感はあるがいにしえを感じます

 

~こんなプチ旅も面白いな~

東大阪市と生駒市(奈良県)の境ある暗峠。日本で最も厳しい傾斜がある国道として時折テレビで報道されているらしい。私はYouTubeでその存在を知っていた。峠と言っても、山の中にあるのではなく、住宅街を突っ切って大阪と奈良を行き来する生活道路の途中に位置する。そんな国道の最高傾斜が37度(資料によっては41度)。どんなところか一度現地を歩いてみたいと以前より思っていた。果樹園の仕事が一息ついている9月中旬、まだ残暑がきつい中ではあったが訪ねてみた。今は暇が腐るほどあるのだ。

長坂(北杜市)~塩尻(特急しなの)~名古屋~京都へ。久しぶりの京都で一泊。夜の高瀬川・鴨川をぶらつき、何となく良さそうな居酒屋で一杯ひっかけた。外人さん(特に欧米系)が多いのはいつも通りだが、中国語が飛び交う場面に遭遇するのが少ないのは、このご時世か。改めて時代の流れを感じた。それにしても外人さんは99%半ズボン姿なのは面白い。

京都は学生時代から大好きでこれまでに30回くらい訪れていると思う。最近はインバウンドが喧しいので足が遠のいていたが、一歩裏に入った場所であれは、静かに飲めるところが残っているのが嬉しかった。高瀬川沿いがお気に入りのエリアだが、この辺りのお店はもうインバウンドで占領されている。私の様な人間は、裏道に入りやや狭くやや薄汚れた(ごめんなさいね)店構えを見つけるのが合っている。実際、この晩は大変いい店を見つけた。さすが、京の食文化はレベルが高い。

<鴨川と納涼床>
・インバウンドだらけの京都。でも大好き

photo by S.Nozaki

翌日は、京都~西大和西大寺~額田へ。暗峠を大阪から登るにはこの額田と言う駅が最も近い様なのでとりあえず行ってみたが、まあ駅員さんのいない小さな駅だった。周辺は住宅街。こんなところから最大勾配37度の国道が奈良に繋がっているのかな~と思いつつ歩みを進めると、ありましたよ、住宅街の中を縫っていく物凄い坂道が!車一台がやっと通れるような急坂を挟んで、その両脇には住宅が続く。箱庭のような異世界だ。時折行き交う車とオートバイのエンジン音がフル回転になっているのが分かる。自分の息も絶え絶えとなり、気が付くと汗が噴き出している。もう少し涼しくなってからトライした方が良かったな~と後悔しつつも、ふと登ってきた方向を振り返ると眼下に大阪の街並みが広がっていた。あれはあべのハルカスかな?等とつぶやきつつ、一服。こんな風景も暗峠の魅力だ。

<峠までの道中から望む大阪市街>
・夜景が素晴らしいだろうな

photo by S.Nozaki

Tシャツとパンツも汗でビショビショにしながら、標高455Mの峠を目指した。途中、住宅が無くなりお寺が目立つようになってきた。その内の一つは、河内西国24番目霊場札所(知りませんでした)の慈光寺と言う名刹とのこと。また、禊行場もある。芭蕉の句碑もあった。この国道308号線は奈良街道とも呼ばれ古くから人々の暮らしを結ぶ道でもあった。私が歩いていると、郵便配達のオートバイや宅急便の軽バンに何度か出会った。まあ、この方たちの運転は慣れたものだったが、時折すれ違う観光らしき他県ナンバーの車やオートバイは随分苦労していた様だ。事故も後を絶たない。最大傾斜となっているカーブ付近ではいくつものタイヤ痕が見られた。先月は、急坂を登れずにバックで下ってしまい、あわや大惨事になる事故が発生している。皆さん、ご安全に。

<8月に起きた事故現場>
・ガードレールがなかったら大事故だったろう

photo by S.Nozaki

車だけでなく、何人かのハイカーさんにも出会い、お互いあまりの急坂に苦笑いしながら休み休み峠を目指した。峠には休憩所があると聞いていたので、ビールでもあれば最高だなと期待しつつ更に歩を進めた。これほどの急登であっても、少なくない人家や棚田を見かけたのには驚いた。国道308号は、酷道として名所になっているが、地元の人達にすれば生活道路だから当たり前か。しっかりと残っている周辺の生活感が、「奈良街道」であることを改めて感じさせてくれた。司馬遼太郎気分に浸りつつ人家の造りや庭先を眺めて歩いていると、勾配が緩やかになり石畳が見えてきた。頂上だ。峠の上にバイパス道路が走っているのにはやや興ざめではあったが、そんな道路が出来てもこの街道が味わい深く残っていることに感謝だ。着きました~!ここが奈良県と大阪府との県境です。

<味のある石畳が敷かれた峠頂上>
・静かだがここにも人が生活している

photo by S.Nozaki

残念ながら峠の茶屋は木曜の定休日でした。と言うことでビールは京都に戻るまでお預け。額田駅から1時間ちょっとの道程だったが、十分半日分くらいの運動量があり、古くからの生活の息遣いもあちこちで感じられ、これまでにない味わいのある経験だった。奈良県側の下り坂は道も広くバスが通っている。目指す南生駒駅までは民家も多く、登り同様街道らしさを感じた。途中、お年寄り(多分80歳前後)三人グループに出会い、声をかけたところ峠まで行き額田駅に抜けて行くとのこと。一瞬、『えっ?マジですか?大丈夫かな?』と思ったが、「生駒側も大阪側も楽しいですよ。でも、下りは凄く急だから気を付けてくださいね」と声をかけて別れた。あの人達、峠までたどり着けたかな~?この後、私は南生駒駅まで順調に歩き通し京都へと向かった。なかなか、印象深い「街道をゆく」小さな旅であった。

<奈良県側 生駒市街>
・静かな落ち着いた街でした

photo by S.Nozaki

京都ではもう一泊。この日もぶらりと当てもなく居酒屋に入ったが、これまた期待以上のお店だった。少し離れた席から、日本文化・歴史等に関する何とも教養溢れる会話が漏れてきた。ふと見ると、NHKによく出ている歴史家の磯田氏であった。店主の心遣いからこちらにも会話が振られた際に、定年退職後、北杜市のサクランボ果樹園で働いていると自己紹介したところ、彼が歴史以外に果樹についても造詣が深いことに驚き。やはり、こう言う方は、知識が広くかつ奥深いですな。この居酒屋の近くにお住まいで、京都には月24、25日滞在し、残り数日は日本各地を訪れているとのこと。勉強を欠かさないわけだ。とても楽しい出会いでした。感謝!

<うーんと思わず唸った美味さ>
・一見こわもての店主でしたが、気遣いは一流

photo by S.Nozaki

なお、暗峠の芭蕉句碑に刻まれている句は「菊の香に くらがり登る 節句かな」
芭蕉は奈良県側から大阪に入り、そこで亡くなっている。いわゆる彼の最後の旅となったわけだ。そんな史実を思い出し、ほろ酔いで京の裏道を散歩しながら、自分は大阪から奈良に入ったからこれから街道の巡りの旅でも始めるかと思いを馳せていた。

翌日八ヶ岳南麓に戻るとコスモスが満開花盛り。晴れ渡った八ヶ岳連峰とのコントラストに吸い込まれそうだった。此処でも毎日「小さな旅」を続けている様な生活だが、時折、今回みたいに足を伸ばして「街道をゆく」旅も良い。フーテンの寅さんみたいに、また旅に出ますかねぇ。寅さん同様、暇は腐るほどある。

<八ヶ岳ブルーとコスモス>
・日本の青、白、緑、赤、桃色、が描き上げる傑作だ

photo by S.Nozaki

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