移動時の心の難所 恵那山トンネル

プチニュース
<いつも利用している中央高速恵那山トンネル>

ネットより

歴史の教訓を経て追い越し禁止だけど・・・

 

☆あの日本坂トンネル事故をいつも思い出す

八ヶ岳南麓―多治見間を車で移動する場合は、中央高速を利用し恵那山トンネルを通過することになる。約8.5キロの長さは1975年の開通当時は日本一だった(今は6位)。工事に携われた方々には本当に感謝しかありません。ただ、此処は私にとって心理的な難所でもある。時間にして数分の間だが一番緊張するのだ。当初は何気なく通過していたが、追い越し禁止のトンネル内で意外にも平然と追い越しをかけていく人達に遭遇することが増えてきたからだ。プロドライバーのトラックも例外ではない。皆さん、あの事故忘れたか?

私の世代で、あの「日本坂トンネル事故」を忘れてしまった人はいないだろう。1979年7月11日トンネル内の多重追突により火災が発生し、三日間燃え続けた。173台が焼失、7人が死亡。東名高速の復旧に二か月を要した大事故だった。事故直後にトンネルから脱出してきてインタビューを受けていた人の顔が真っ黒だったこと、トンネル内から手を付けられない勢いで煙が噴き出ていたことを覚えている。中で亡くなられた方は既に白骨化していたそうだ。

直接的な原因は多重追突。トラックに挟まれた乗用車からの発火だ。この事故以来、日本のトンネル内では追い越しルールが極めて厳しくなったし、インフラ整備や火災訓練も急速に進んだ。しかし残念ながら、現在も東名では車間距離なんて無視したような危険な車の流れがあり、そこでちょろちょろ追い越しをかけ事故を起こす触媒みたいなドライバーもいる。特にトンネル内は前後を視認しにくいことが重なり更に危険度は増すだろう。

恵那山トンネル内で当たり前に車線変更をする車を散見するようになってからは、日本坂トンネル事故の記憶が蘇り、移動時の恵那山トンネル内の運転は特に気を付けている。具体的には、走行車線を前車との間隔を空け過ぎずに走行することだ。クルーズコントロールを解除して、前が時速100キロで走っていれば100キロで、80キロなら80キロで流れを崩さないようにしている。自分も流れの一部となり、前後を乱さないことだ。この流れにイラつくような後続車はルール違反を犯して追い越し車線に入ってぶっ飛んでいく。こうした輩には近づかないことだ。

また、トンネルを出てしまえば避難出来るところは十分確保されているが、トンネル内ではスペースと視界については何ともしがたいのが現実だ。道路公団の方々もインフラを整えてくれているが、恵那山トンネルを走行中に万が一、煙が上がったら未だにお手上げ状態ではないかと悲観せざるを得ない。一応避難路はあるので車には懐中電灯を備えているが。

そしてトンネルを出る直前、または出た時は速度を再確認する。流れに乗って来たので、通常の自分の巡航速度とかけ離れてスピードが出ている時がある。ここで運転しやすい巡航速度に戻してやれば良い。私はクルーズコントロールを再セットし緊張をほぐしてドライブを楽しむ。

<秋の中央高速ドライブ>
・安心で安全なドライブを祈ります

photo by S.Nozaki

社会における「日本坂トンネル事故」の記憶は薄れてきているだろう。50歳手前の人はそもそも記憶に残っていないだろうし、若い方は知らないのだろう。昨日、八ヶ岳から多治見に向かう恵那山トンネル内で追い越しをかけて来た大型トラック1台とSUV1台を見かけた。幸い恵那山トンネルではこれまで大きな多重事故や火災は発生していないが、トンネル内では二ケタの方が亡くなっているとのことだ。

恵那山トンネルは心の難所ではあるが、お蔭で通る度に「安全への心構え」を思い起こさせてくれる場所でもある。

「運転は ゆとりとマナーの 二刀流」 ドライブも人生も一緒だな。

 

<恵那山トンネル下り 御神坂(みさか)PAにある碑>
・超難工事に携わった人達の心意気を謳ったのかな。感謝!!

photo by S.Nozaki

妻籠馬込の故郷は    檜に映ゆる白い雲
文豪「藤村」若き日の  血潮が息吹く恵那山トンネル

 

運転の時は血潮息吹かないでね。

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