北杜市にもやって来た寅さん

プチニュース
<寅さんから学ぶことは多い>

photo by S.Nozaki

☆あんな雲になりてえんだよ

私の思考回路に大きな影響を与えた人物は多いが、唯一のフィクションキャラが「車寅次郎、フーテンの寅さん」だ。20年以上前、ふとしたきっかけで「男はつらいよ」のビデオを観た。アメリカでの4年の駐在期間を終え、12年ぶりに多治見に戻り、この地を全く知らない帰国子女の長男・次男を心配していた時でもあった。「寅さんの世界」そこでは、人生にいろいろな問題・悩みを抱えている人々が、何かしら寅さんと関りを持って葛飾柴又帝釈天の寅さんの実家「とらや」を訪ねる姿があった。そして「とらや」の皆の暖かさに触れ勇気をもらい次へ踏み出していった。

帰国当時、多治見市役所の方は大変親切に転校の手続きをしてくれ休日に関わらず学校見学をセットしてくれた。日常では団地の集会所で年配の方々が二人に囲碁を教えてくれ、近所の子供達はとても暖かく二人を迎えてくれた。自分もこうした優しさに触れ緊張し警戒していた心がほぐれた。そんな多治見が「とらや」に重なる。二人の子供達が多治見の家をそのままにして欲しいと言っているのは、斯様な温かさが心の中にいつまでも残っているからだろう。

以降、映画「男はつらいよ」は私の一番のお気に入りになり、DVDは48巻+特別版1巻を所蔵、関係する書籍を読み込み自称「寅さん研究家」となっている。初期のロケ地だった、多治見から程近い落合川を訪ねてみたこともある。ロケ当時と比べてあまりにも変わっていたのには愕然とした。実は寅さんは北杜市(当時は北巨摩郡か?)にも来ている。場所は、明野の浅尾と大泉の西井出。其処を一人訪ねた。映画シーンの面影がしっかり残っているのは意外でもありとても嬉しかった。特に明野浅尾新田辺りからの風景はほとんど変わっていないのではないだろうか。寅さんがテキヤ仲間のお墓参りをした墓地もあった。探すのにかなり苦労したが。

<寅さんが啖呵売をしていた唐土神社>
今は公民館になっているが当時の面影は濃い

photo by S.Nozaki

<寅さんが仲間の墓参りをした墓地>
ここは面影そのままかな

photo by S.Nozaki

<明野浅尾地区>
ここもあの時を十分蘇らせてくれる

photo by S.Nozaki

西井出辺りも歩いてみた。「あれ、此処は寅さんが地元のおばあちゃんと話していた家じゃないかなぁ?」と思えるスポットがあった。そのロケの時からは何十年も経っているだろうが、あのシーンや、そして「とらや」を訪ねてくる人(八千草薫だったと思う)の姿も脳裏に浮かんでくる。「とらや」は、何故か寅さんと関わりを持つと、何か心にささくれを持ちながらも訪ねてしまう魅力ある場所なのだ。
それにしても、日本人の魂を優しく包み込んでくれる様なこうした風景をロケ地に選び続け来た山田洋二監督は素晴らしいし、選ばれた北杜市も嬉しい限りですな。

<大泉長 西井出>
良く通る道だったがロケ地だったとは

photo by S.Nozaki

多治見は妻がしっかり守りボランティアに精を出し旧友も訪ねてくるみたいだ。八ヶ岳南麓はほぼ毎月来客があり此処の自然や暮らしに癒しを感じてこの地を後にして行かれる。どちらも優しく人を迎い入れられる場所でありたいと思いつつ、デュアルライフを実践している今日この頃である。

なお、寅さんの言葉は軽そうに聞こえるが実はとても深い学びを感じる。
「成程、冬の次は春ですか。」
「レントゲンだってね、ニッコリ笑って写した方がいいと思うの。だって明るくとれるものその方が。」
「おてんとうさまは見ているぜ。」

「ほら、見な、あんな雲になりてえんだよ。」これは学びじゃなくて憧れかな(笑)。

最高傑作は、「生きてる?そら結構だ。」そうです、生きていること自体意味がある。

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